情報セキュリティ最前線

個人情報,機密情報などの外部漏洩が相次ぐ昨今,企業による情報セキュリティ強化への取組みが一段と熱を帯びている。

一般には知られていないが,大日本製鉄が機密文書の公用語スワヒリ語にしたのは20年前。グループで5万人近い社員を擁する巨大企業にとって,社内文書の外部流出対策は悩みの種だった。そこで同社総務部が思い立ったのが「社内文書の非日本語化」。外部流出しても直ちには読めない文書とすることを狙ったものだが,ポピュラーな外国語ではほとんど意味がないため,①文法が比較的簡単で日本人社員が学びやすい ②母国語として使用する人口が限られている ③辞書が発売されている 等の条件を満たす言語として,スワヒリ語が選ばれたもの。同社は社内研修制度として入社3年目までに『スワヒリ語検定3級』の取得を義務付けたことから,現在では社員の95%がスワヒリ語でのビジネスに支障がないレベルに達しており,取締役会もこの15年近くは「ジャンボ!」で始まりスワヒリ語のみで議論がなされてきた。
ただ,習得する人数が増加すればするほどまた外部流出のリスクが高まるのも事実。他の言語への変更も検討し,モロッコアルジェリアの準公用語であるベルベル語を後継公用語にしようとしていたが,「結局はいたちごっこだ」として結局採用は見送られた。
代替策として,同社では5年前から,部毎に機密文書公用語を違えるなどの対策を進めており,各部では自部署の公用語選びで頭を悩ませているという。鋼板営業部では,他の追随を許さないマイナー言語を公用語にするため,若手部員を南米奥地に派遣,少数民族とともに暮らすことでその言語を習得させようとした。しかし,4年後に帰ってきた若手社員は現地の言語は完璧にマスターしていたものの,日本語を完全に忘れていた,という苦い経験も持つ。この代替策には,部毎に公用語が異なることから,部間の意思疎通が完全にストップするという弊害も発生している。しかし,一番大変なのは役員。取締役会などに提出される文書はそれぞれ異なる言語で記されており,説明のため出席する部長が話す言語も多種多様。1回の取締役会で用いられる言語は実に20ヶ国語を超えると言われており,「常務なら30ヶ国語,副社長なら50ヶ国語,社長になるなら80ヶ国語マスター」が就任の目安と言われている。

まったく異なるアプローチで情報セキュリティ対策を進めているのが大日本銀行。機密性の高い文書にいわゆる「ギャル語」を使用することを義務付けることを対策の柱としている。ギャル語自体は決して難しいものではなく,せいぜい取締役会の文書のあちこちに「リスペくる(意訳:評価に値する)」「BBB(トリベー)でばっちり(意訳:デューデリジェンスについては適切に実施している)」などの表現があるほか,同議事録で「超うざい」「マジうけるんだけど。」などという役員発言の記録がある程度。
この狙いは,解読を困難にするためではなく,万一外部に流出しても「真面目な文書」だと思わせないことにある,という。幸いにしてこれらの文書が外部流出したことはなく,その効果のほどは未知数だが,同行の役員は取締役会発言用のギャル語習得のため池袋・渋谷通いを欠かさない。

究極の対策として「全ての文書作成を禁止,全ての意思決定,業務遂行を口頭だけで行う」というプランを実行したのは日本重工。このプランを実行後,社内の意思決定速度が「異様なまでに上がった」(同社業務改革プロジェクトチーム)という。ただ,口頭だけに出席者によって受け取り方は様々であり,また聞き間違いのリスクもある。こうした問題について同プロジェクトチームは「まあ問題が発生するとしても将来なので現時点ではそこまで考えていない」と強烈な割り切りぶりを見せる。ただ,「聞き間違いリスク」は既に顕在化,先月の大型台風襲来の際に本社から全事業所に「台風が襲来,帰宅困難が懸念されるので,社員を可能な限り早急に退社させること」という伝達を流したが,口伝えで伝達されていることから,一種の伝言ゲームになってしまい,長崎事業所では「待遇が従来低く,倒産が懸念されるため,社員を可能な限り早急に退職させること」という伝わり方になり,労組を中心に大騒ぎになるという事態も発生しているという。
しかし,そうした弊害にもめげず,同社では技術部門においても「設計図の全廃」を進めており,製造を受託しているポーイング787については,設計図無し,技術者の口頭指示だけで組み立てていくという。情報漏洩など,エアパス社との間での情報戦で神経をすり減らすポーイング本社もこの取組みを高く評価,2015年からの製造が予定されている次期新型機「797」では,全てのパーツにおいて設計図等を全廃,口伝により製造する予定だという。

こうした動きに焚きつけられた他の企業の動向にも注目が必要だ。