日警・大人のレストランガイド 新橋・「両国」(ちゃんこ料理)

このコーナーは,年末年始の忘年会・新年会シーズンを迎えて参考になるお店を紹介するものです。若干紹介がヒートアップして,事実に反する説明も多数混じってしまいがちですが,まあ,9割引くらいの気持ちでお読みいただければ幸いです。


「ちゃんこ鍋」屋といえば、元力士により経営されていると思われがちだが、ここ新橋にあるちゃんこ料理「両国」は元バレリーナたちによって経営されている店だ。「両国」が入居している新橋の藤田ビルの三階から八階までを占めているのが、熊川哲也等を輩出してきた伝統ある「藤田バレエアカデミー」だ。

あまり知られていないが、「ちゃんこ鍋」という料理は、相撲部屋の専売特許ではない。合宿による練習を常とするスポーツ等においては、ごく普通に見られる料理形態だ。ここ「藤田バレエアカデミー」も世界に通じるバレエダンサーを育成するために全国からスカウトされてきた青少年たちを特訓する全寮制のバレエスタジオだ。
その生活の厳しさは並みの相撲部屋を凌ぐ。午前三時三〇分には「平踊(ひらおどり)」と呼ばれ、四階の大部屋に寝泊まりする新人たち(相撲で言えば序の口から序二段の力士に相当)が起床し、三階のレッスン場の掃除にとりかかる。午前四時には「中踊(なかおどり)」と呼ばれる中堅どころのバレエダンサーたちが自主レッスンのために五階の居室から降りてくる。この段階で掃除が終わっていないと、新人に中踊たちの容赦ない回し蹴り等の制裁が加えられる。
五時には「上踊(かみおどり)」と呼ばれるレギュラー陣が続々とレッスン場入りし、本格的な稽古がスタートする。
新人たちは先輩の稽古の様子を盗み見ながらその技を少しでも習得しようとするが、六時には朝食の準備に取り掛からねばならない。その朝食が伝統ある「バレエちゃんこ」である。
材料などは相撲部屋のちゃんことそれほど変わらない。違うのはせいぜいスープが牛乳仕立てになっているところと、肉の脂肪分を徹底的にカットし、体に余分な脂肪がつかないように気を付けていることくらいだ。朝九時に稽古を終えた先輩たちに給仕をするのも新人の役目。こうした経験は、その後の長いバレエ生活の基礎となるといわれている。
ただ、実力が全てであるのはこのバレエの世界も同じ。いくら練習しても一定の壁を越えられず、失意のうちにバレエを辞めざるをえなくなる練習生も少なくない。そんな、バレエの世界を去る者に優しいのは相撲部屋と同じだ。アカデミー長の藤田エカテリーナさん(四七)は、彼らに再就職先の斡旋をするなど、第二の人生のスタートを全力で支援する。
そんな再就職先の一つとしてエカテリーナさんが開業したのが、この「両国」である。新人のうち、ちゃんこで並々ならぬ才能を発揮した者を中心に斡旋したこの店のスタッフ二四名は、全員が元バレリーナだ。中には長いちゃんこ料理屋生活を経て、とても元バレリーナに見えない店員もいるが、バレエ時代の苦労を尋ねると嬉しそうに語ってくれるので試してみるといいだろう。
具材がたっぷり入った重いちゃんこ鍋を細い指先に乗せ、優雅にくるくる回しながら運んでくる元バレリーナたちを見ていると、自分がどこにいるのか分からなくなってくるのが不思議だ。
なお、この店は玄関で靴を脱いでトウシューズに履き替えて座敷に上がる仕組みになっているので、忘年会等の幹事さんは出席者の靴のサイズを予め店に連絡しておいた方がいいだろう。